JST さきがけ · 2025–2029
過去・現在・未来の再解釈を促す身体化インタラクションの創出
過去の事実は変えられない。でも、過去の「意味」は変わり続ける。その語り直しを、アバターとメタバースで支える研究です。
「あのとき失敗したから、いまの自分がある」——同じ出来事でも、人生のどの地点から振り返るかで、その意味はまるで違って見えます。心理学では、自分の過去・現在・未来についての解釈が一つの物語として編まれたものを「物語的自己」と呼びます。ネガティブな過去をポジティブに捉え直せた経験——「報われた経験」——を持つ人ほど幸福感が高い、という知見もあります。
一方で、これまでのVRやアバターの研究は、実験室の中の短い時間で起きる変化——姿が変わると振る舞いが変わる、といった効果——を測ることに集中してきました。その体験が、その人の人生の物語にとってどんな意味を持つのかを扱う技術は、まだほとんどありません。
このプロジェクトで僕が試みているのは、言葉のセラピーが担ってきた「語り直し」を、身体の体験として設計すること。いわばナラティブセラピーの工学的実践です。具体的には、三つのアプローチを開発しています。
- 過去の再解釈 — 思い出の上書き。つらい思い出の場面をメタバースの空間として再現し、友人や家族と一緒に「あのとき」を演じ直してみる。
- 現在の再解釈 — 関係の編集。親と子、上司と部下。固定された役割をアバターで入れ替えたり対等にしたりして、いまの関係を眺め直す。
- 未来の再解釈 — 予測の拡張。まだ見ぬ職業や生き方をVRで次々と試着して、「自分はこういうものだ」という予測の外側へ出てみる。
きっかけの一つは、人生経験交換メタバースの現場で、生き別れた母子がメタバース空間で再会し、過去の思い出を語り直す場面に立ち会ったことでした。身体ごと物語の中に入れる技術には、言葉だけでは届かない何かがあるのではないか——そう考えるようになったのです。
もちろん、技術があれば自動的に人生が上向く、という話ではありません。だからこのプロジェクトは、システム開発の前にまずメタバースや分身ロボットカフェの現場でフィールドワークとインタビューを重ね、若者・中年・シニアそれぞれの世代が抱える問い——「自分は何者になれるのか」「このままでいいのか」「自分の人生は何だったのか」——に寄り添う形で設計を進めています。