JST CREST 2023–
幻聴・幻視の当事者研究
共同創造から共同妄想へ
幻聴や幻視の体験を、本人と一緒にVR/ARでつくってみる。「正しく再現する」ことより、「一緒に妄想する」余白が対話をひらくのだと、現場で教わりました。
北海道・浦河町にある「べてるの家」は、精神障害を抱える当事者たちが、自分の症状や苦労を自分たちで研究する「当事者研究」を40年にわたって育ててきた場所です。専門家が患者を治すのではなく、当事者が自分の苦労の専門家になる——この現場に、技術者として合流した実践研究です。
背景
海外には、幻聴をアバターとして画面に登場させて対話する「アバターセラピー」という治療法があり、当初はそれを日本でも、という発想から出発しました。けれど当事者の方々と話すうちに、幻聴は人の姿をしたものばかりではないこと、そして何より、みなさんの関心が「自分の治療」よりも「この体験を仲間や家族に伝えたい」というコミュニティの方を向いていることに気づかされました。診察室の一対一の治療モデルを、そのまま現場に持ち込んではいけなかったのです。
リサーチクエスチョン
幻聴・幻視の体験世界をVR/ARで形にし、当事者やコミュニティと一緒に眺めながら語り合うことは、当事者研究の実践に何をもたらすか。
研究の方法
幻聴や幻視を経験している方にインタビューをして、その体験世界をVRやAR(現実の風景にデジタルの映像を重ねる技術)でつくってみる。そしてできあがったものを本人やコミュニティのみんなと一緒に眺めながら、また語り合う。このワークショップを、べてるの家で繰り返し重ねてきました。
わかったこと
たかだか1時間の聞き取りをもとにつくったプロトタイプでも、本人から「かなり近い」「こんな感じ」と受け入れてもらえることが多くありました。幻視や幻聴の体験には、たった一つの「正解」があるのではなく、対話の中で一緒につくりあげていける、物語のような柔らかさがあるようなのです。知らないとつくれないから、つくるために知ろうとする。けれど全部を知ることはできないから、少しだけ妄想のジャンプもする。この営みを、編集者の方が「共同創造から共同妄想へ」と名づけてくれました。技術が症状を消してくれるわけではありません。それでも、自分の体験世界が目に見える形になり、誰かと一緒に眺められるようになると、そこに新しい語りが生まれます。